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『論語』(ろんご、拼音: Lúnyǔ )とは、孔子と彼の高弟の言行を孔子の死後、弟子達が記録した書物である。『孟子』『大学』『中庸』と併せて儒教における「四書」の1つに数えられる。

四書のひとつである『孟子』はその言行の主の名が書名であるが、『論語』の書名が(たとえば「孔子」でなく)『論語』であるその由来は明らかでない。(『漢書』巻30芸文志に「門人相與輯而論纂 故謂之 論語」と門人たちが書き付けていた孔子の言葉や問答を、孔子死後に取り集めて論纂し、そこで『論語』と題したとある。)

別名、「倫語(りんご)」、「輪語」、「円珠経」とも言う。これは、六朝時代の学者、皇侃(おうがん)の著作『論語義疏』によると、漢代の鄭玄(じょうげん)という学者が論語を以て世務を経綸することが出来る書物だと言った所から、「倫語」という語が出現し、又その説く所は円転極まりないこと車輪の如しというので、「輪語」というと注釈し、「円珠経」については鏡を引用して、鏡はいくら大きくても一面しか照らし出さないが、珠(玉)は一寸四方の小さいものでも上下四方を照らすものであり、諸家の学説は鏡の如きもので一面しか照らさないが、論語は正に円通極まりないものである、という所から「円珠経」と言うと説かれている。

『論語』は漢代には魯地方で伝承していた『魯論語』、斉地方で伝承していた『斉論語』、孔子の旧家の壁の中から発見された『古論語』の3派があった。編の数や順序もそれぞれで多少、異なっていたが、後漢末期に『魯論語』をもとにして現在の形にまとめられた。春秋末期の語法を残しているとの分析もあるが、平勢隆郎(古代中国史家)は、これを戦国時代に作られたとの見解を取っている。

『論語』は宋学が特に四書をテクストとして重視したことから、科挙の出題科目にもなり、約2000年間学問の主要科目になった。16世紀には、中国大陸で布教活動を行っていたイエズス会の宣教師により「孟子」や「大学」などの関連典籍と共にフランス語へ翻訳され、フランス本国に伝えられ、結果フランス貴族の間で、シノワズリと呼ばれる空前の中国ブームが巻き起こった(中国学も参照)。同時に思想界においても、儒教の易姓革命はヴォルテール、モンテスキュー、ケネーといった思想家らに大影響を与え、啓蒙思想の発展に寄与した。古代日本には、応神天皇の代に百済の王仁と言う人物によって伝えられたとされ、律令時代の官吏必読の書となった。

漢代には既に、馬融や鄭玄などが『論語』に注しているが、現存最古のものは魏の何晏がまとめた『論語集解』(古注)である。南宋の朱子は、独自の立場から注釈を作り(新注)、江戸時代以降の日本でももっぱら新注が用いられたが、朱子学の論語解釈を批判する形での論考に、伊藤仁斎『論語古義』、荻生徂徠『論語徴』がある。

512の短文が全20編で構成されている。編の名称は各編の最初の二文字(または三文字)を採ったものであり内容上の意味はない。
学而第一(がくじ)
為政第二(いせい)
八佾第三(はちいつ)
里仁第四(りじん)
公冶長第五(こうやちょう)
雍也第六(ようや)
述而第七(じゅつじ)
泰伯第八(たいはく)
子罕第九(しかん)
郷党第十(きょうとう)
先進第十一(せんしん)
顔淵第十二(がんえん)
子路第十三(しろ)
憲問第十四(けんもん)
衛霊公第十五(えいれいこう)
季氏第十六(きし)
陽貨第十七(ようか)
微子第十八(びし)
子張第十九(しちょう)
堯曰第二十(ぎょうえつ)
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